片道2時間もかけてまで来院する人が後を絶たない最強の治療院

「やっと仕事も落ち着き長期休暇でゆっくりしながら旅行でも行こうと思っていたのに・・

仕事も落ち着いて気が抜けたせいか朝起きてベッドから降りた瞬間にギックリ腰に。最悪だ」

駅からは徒歩1分と近く商店街の中にあるが入口は分かりにくく6畳程の小さなスペースしかない施術室。

年齢は50歳くらいの女性でギックリ腰で痛めた腰をかばいながら来院した。

女性「やっと仕事も落ち着いて休みが取れたので旅行にでも行って気分転換しようと思っていたのにギックリ腰なんて・・」

大上「いつ頃なりましたか?」

女性「昨日なって近くの整体に行ったけど全然良くならなくてダメなんです」

大上「ギックリ腰で腰は辛いと思いますが、痛いところだけ治療しても改善しないので私がちゃんと治療して治して見せますよ」

女性はそう言われると少し安心したようでも、どこか不安そうな表情で治療を受け始めた。

私はその表情を見て、無理もないと思う。自分はまだ20代半ばであるので50代の女性から見たら「こんな若い先生で治るのか?」と感じてしまうのが自然だからだ。

しかし私はそんな不安な表情を見ても全く気を害することは無い。

今回が初めてではなく今までに何度も向けられてきた不安な表情を、自らの手で変えてきた実績があるからだ。

若い治療家の名前は大上 剛史(だいじょう つよし)、26歳。

今となっては神奈川県で数ある予約の取りにくい治療院の中の1つにあたる

「HARIBODY CURE SPACE」の院長である。

誰も賛成してくれなかった開業

「HARIBODY CURE SPACE」には、片道2時間かけてでも治療を受けにやって来る患者も多い。

当院は他院と比べて高額な施術費にも関わらず多くの患者が訪れると言われる

「HARIBODY CURE SPACE」の評判から起こされるイメージとは大きく異なる小さなベッド1台の治療院。

よく言われるのがもっと大きなとこへ引っ越さないのかと聞かれますが、どこに行こうとやることは同じなので場所はどこでも構いません。飾ったり良く見せようとする気持ちは全くない。

当院の理念でもある「痛みのない生活で人生を変える」それだけを考え、それだけに行動する。

小さい頃から寝ても覚めてもいつもサッカーをしていた時代

1992年。大上は広島県の小さな町で生まれた。

家族は両親、自分の3人家族で幼稚園からずっと外遊びが大好きでサッカーに明け暮れていた。

小学校では小学生の割に身長が163cmと高く目立った存在にあった。身長の武器もあり小学校では10番の背番号を貰えることができた。

小学校でずっと好きでやっていたサッカーは中学校に入り本格的に行うようになってきた。

本格的にサッカーをやっていくために地元の中学校の部活に入らず少し離れた場所にあるクラブチームへと入ることにした。

そこでもありがたいことに背番号10番を頂けて楽しく切磋琢磨しながらサッカーに没頭していた。

高校にはスポーツ推薦で入ることができ、これまで大きな挫折を経験していない人生を歩んでいたがあるきっかけで人生の転機となる出来事を生み出す。

 

「ズキッ、、、」

 

サッカーはシュートを打つ際に片足を地面へ踏み込みボールを逆足で蹴り出す。シュートの際に踏み込みが良くないと足を捻挫したりすることは多く起こることだ。

 

だがその日は違った。シュートを打つ際に足首を捻ったのをかばうために膝に力が大きく入り膝にズキッいう激痛が走ったのだ。あまりの痛みに立ち上がることができずうずくまり仲間の選手に肩を貸してもらいベンチへと下がった。チームのトレーナーに膝を診てもらうと「腫れもあるし靭帯も痛めているかもしれないから復帰までは時間がかかるかもしれない」と言われた。

 

人生サッカーしかないと思っていた大上にとってサッカーができなくなるのは地獄だった。早く治して復帰したいのでリハビリやできることは毎日欠かさず頑張った。

好きなように動けないという辛さを味わう

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膝のリハビリも毎日頑張り1ヶ月程で復帰ができた。久々にサッカーができとても嬉しかったしこれからも頑張ろうと感じた。だが、復帰し練習中に今まで痛くなかった腰がたまにズキッと痛むことが何度か起こるようになった。その時は膝を痛めて動いてなかったから体が硬くなっているのだろうと思っていた。そんな状態が1ヶ月ほど続き、日が経つにつれて腰の痛みの頻度も強さも増してきた。

そんなある日、腰の痛みでサッカーが好きに出来なくなる程の痛みが出たので近くの大きなスポーツ整形外科に行きMRIを撮った。先生は腰のMRIを見るなり、

「かなりのヘルニアだね。」

と一言言った。手術をするか年齢も若いから様子を見て上手く付き合っていくか好きな方を選んで良いけどサッカーはもう出来ないよ。と言われサッカーだけで生きてきた大上には絶望的な一言だった。

その日から諦められず色々な治療院を渡り歩く日々が始まった。どこの治療院も期待するほど改善せず途方にくれていたときにある治療院を見つけ期待はしていなかったが行って見ることにした。

人生の転機

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期待はしていなかったが新しい治療院にいき治療を受け施術が終わり先生が、

「良いよ起き上がってみて」

「ん?何かいつもと腰が違う・・」

全然腰が痛くないのだ。歩ける。軽い。走れる。わずか6畳程の先生1人でやっている小さな治療院だ。今までは大きな病院や整骨院に行っても治らなかったのに何で。

その嬉しさや経験から自分も体に困っている人を助けたいという気持ちが強くなり治療家の道へ進むことを決意した。

治療家への第一歩

東京の大学に入学し多くの経験や知識をつけ国家資格を所得し嬉しいことに大手の整骨院へと就職することができた。これでやっと治療家として第一歩だ。出勤初日から院長にあのベッドにいる患者さんを診てきてと言われ初日にして患者さんを診れる嬉しさから絶対に治してやろうと心に強く決め担当した。

大上「本日担当します大上です」

患者「よろしくお願いします。四十肩なのか肩が痛くて上がらないです」

大上「診ていきますね」

大学時代は真面目に勉強していたし知識もそれなりにあると思っていたので肩の症状ならこれだ!ということも直ぐに頭に浮かんだ。教科書通りにしっかり自分の中では120%の治療ができた。

大上「良いですよ。肩を上げてみてください」

患者「全然最初と変わりません・・」

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あれだけ教科書通りに間違いなくやったのに何で上がらないのか。出勤初日から自信がなくなる程落ち込んだ。先輩からはこれから色々と経験していけば良いと慰めてもらった。

そこから4年程、病院、整骨院、スポーツトレーナー、整体と沢山経験し自分なりに色々と考えた。痛みや体の悩みを抱えた方に接してきた。そして考えに、考えてある結論にたどり着いた。

独立。

以前から病院や整骨院で勤務していた時は上司からの指示通りに治療を行わなければならない。原因は痛い場所以外にあると気付いていながら。もどかしさは普段から抱えていた。今の環境では「患者のその場の痛みは緩和できても痛みのない生活までは改善できない」からだ。職場に独立したいと伝えると鼻で笑われたが自分の中で決断したし職場の人間関係よりも優先するべきことがある。

「健康を追求することだ。

独立

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健康になり人生を変えてほしいという想いから当院の理念は

「痛みのない生活で人生を変える」になったのである。

独立し色々な失敗や学び、患者さんとの関わりがあり今では片道2時間かけてでも来院する方が後を絶たない治療院へとなった。繁盛治療院ぶりは、わざわざ記すまでもないだろう。

当院へ来られた患者はこう言う

「もっと早く先生に出会いたかった」「先生は私のヒーローです」「今では自分のやりたいことが好きにやれます」

これを今読んでいるあなたにも当院に来院されている方々のように人生を変えてほしい。

少しでも希望を感じたならHARIBODY CURE SPACEをぜひ訪ねてほしい。

きっとあなたのお悩みは、その出会いのあと間もなく解決されるのだから。

院情報・地図

〇院名

HARIBODY CURE SPACE

〇所在地

神奈川県川崎市中原区木月2-2-36フードショップオズA

〇受付時間

〇地図

HARIBODY CURE SPACE までの地図

 

最寄り駅

東急目黒線 元住吉駅より 徒歩1分
東急東横線 元住吉駅より 徒歩1分

〒211-0025 神奈川県川崎市中原区木月2-2-36フードショップオズA


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